科学的根拠から考える脳のセルフケア
ワーキングメモリを改善する方法
ワーキングメモリは、情報を一時的に覚えながら使う働きです。「聞いた指示を忘れる」「暗算の途中で数字が分からなくなる」といった困りごとに関わりますが、テスト1つで原因や能力全体を判断することはできません。
改善を考える際には、睡眠不足による低下を避ける、運動を続ける、注意を戻す練習をする、という研究に基づく取り組みがあります。本記事では対象者や研究規模の違いも示し、効果を誇張せずに紹介します。記憶テストや暗算の成績を継続記録して、自分の傾向を確かめましょう。
ワーキングメモリと短期記憶はどう違う?
短期記憶は情報を短い間保持する働きです。ワーキングメモリには、その情報を保ちつつ、計算したり並べ替えたりする働きも含まれます。たとえば数列をそのまま覚える課題と、数字を覚えて計算しながら答える課題では、必要な処理が異なります。
そのため、数字メモリーの成績を、そのままワーキングメモリ全体やWAISの作動記憶指標と見なすことはできません。当サイトの記憶・暗算課題は、関連する一部の働きを使うセルフチェックとして位置づけてください。
方法1:睡眠不足を避け、働きを妨げる要因を減らす
短期断眠のメタ分析では、ワーキングメモリを含む認知課題の成績への悪影響が報告されています。ここから勧められるのは、不足による低下を避けることです。睡眠の確保が、もともとの記憶容量を必ず増やすと示したものではありません。[1:睡眠不足と認知機能]
18〜60歳の成人については、健康のため普段から1晩7時間以上という睡眠の推奨があります。年齢や体質、健康状態で必要量は異なります。睡眠時間をメモし、眠気が強い日を通常の測定日と区別しましょう。[2:成人の睡眠時間に関する合意声明]
実践のポイントは、無理な測定回数を増やさず、休めた状態で比較することです。結果が悪い日に何度も測り直すと、疲れや練習の影響が混ざり、何が変わったかを見分けにくくなります。
方法2:有酸素運動と筋力運動を継続する
50歳超の成人を対象としたランダム化比較試験のメタ分析では、身体運動による認知機能の改善が報告され、ワーキングメモリも評価領域に含まれています。著者らは有酸素運動と筋力運動の組合せを推奨しました。主に中高年の研究であり、すべての年代に同じ効果量を当てはめることはできません。[3:50歳超を対象にした運動研究]
歩く習慣や、安全に行える筋力運動を生活に取り入れ、実施した日と体調を記録します。体力に合わない負荷は避け、持病などで運動の制限がある場合は、その指示を優先してください。継続しやすさを重視し、テストの直前だけ運動する方法と、継続的な運動介入を混同しないようにします。
方法3:注意を戻すマインドフルネスの練習
Mrazekらのランダム化比較試験では、2週間のマインドフルネス講習後に、ワーキングメモリ課題の成績改善と思考の逸れの減少が報告されました。ただし、大学生を対象にした小規模・短期間の研究です。効果の持続や、幅広い年齢・状況での再現には、この研究だけでは答えられません。[4:マインドフルネスの比較試験]
取り組み方の一例は、座って呼吸の感覚に注意を向け、別のことを考えていると気づいたら穏やかに戻す練習です。まず数分から試す方法はありますが、この短い自己流の実践が研究の講習と同じ効果を持つと検証されたわけではありません。
「無心にならなければならない」と考えるより、逸れた注意に気づく練習として扱いましょう。負担や不快感が強い場合は中断し、無理に続ける必要はありません。
記憶トレーニングで能力全体が上がるとは限らない
ワーキングメモリ訓練のメタ分析では、近い課題への改善はあっても、知能・読解・計算などの広い能力に安定して波及するという強い証拠は得られていません。「数字を覚える練習だけで、学力やIQが上がる」と約束することはできません。[5:訓練の波及効果のメタ分析]
テストを続ける目的は、課題への慣れも含めた成績の変化を把握することです。同じ記憶課題だけが伸びた場合と、日常で指示を覚えやすくなった場合は、記録を分けて考えます。当サイトのテスト自体について、ワーキングメモリ全般を改善する効果を検証した臨床試験はありません。
関連する働きを確認する、おすすめテスト
まずは記憶課題を1つ、必要に応じて暗算課題を1つ選ぶと、条件をそろえて追いやすくなります。数列の保持、位置と順番の記憶、数字を扱う計算など、課題ごとの違いも意識してください。
表示された数字を覚えて再現します。主に数字の短期記憶を見る課題です。
位置と順番位置メモリー光った位置と順番を覚えます。視空間的な記憶課題の成績を確認します。
保持しながら計算暗算 足し算数字を扱いながら答える課題です。計算技能や処理速度も結果に影響します。
関連する集中課題エンドレス暗算間違えるまで計算を続けます。集中の持続や計算の慣れも関わる指標です。
これらは標準化されたワーキングメモリ検査ではなく、得点だけでADHD、認知症などの有無を判定することもできません。
継続して記録し、同じ条件で振り返ろう
1回の結果で判断せず、継続して記録することをおすすめします。同じ端末・入力方法・時間帯で測り、テスト名、表示得点や到達レベル、睡眠、眠気、運動の有無、練習回数を残してください。自動で履歴が保存されるとは限らないため、ご自身のノートや表計算に記入しましょう。
| 日時 | テスト名 | 結果 | 睡眠・眠気 | 取組み・生活のメモ |
|---|---|---|---|---|
| 10/24 朝 | 数字メモリー | 表示得点・到達レベル | 睡眠時間、眠気 | 運動、注意の練習、指示の覚えやすさ |
たとえば週2〜3回、記録する試行数をそろえ、数週間ごとに同じテストの平均や中央値を見返す方法があります。これは続けやすさの例で、能力改善が実証された頻度や期間ではありません。最高点だけを採用せず、うまくいかなかった日も残すことが大切です。
上達には問題や操作への慣れも含まれます。睡眠・運動などを変えた前後で点が上がっても、個人の記録だけでその方法の因果的効果は証明できません。数字の記憶と位置の記憶は別々に追い、異なる尺度を足し合わせて独自の「IQ」を作らないようにします。
記録の役割は、続けやすい習慣を見つけ、自分の調子を理解することです。急な物忘れや、生活上の困りごとが続く場合は、セルフチェックだけで結論を出さず、医療機関などに相談してください。
関連:情報を判断する速さも気になる方へ
読む・判断する・答えるスピードを確かめたい場合は、脳の処理速度を上げる方法もご覧ください。睡眠・運動・目的別の課題練習について、研究の対象と効果の限界を整理しています。
参考文献・根拠の確認先
2026年10月24日に内容を確認。研究の結果を要約した一般情報であり、医療・心理検査の診断や個別の治療方針ではありません。
- Lim & Dinges(2010)短期断眠が認知課題に与える影響のメタ分析。Psychological Bulletin。
- Watson ほか(2015)成人の推奨睡眠時間に関する合意声明。Journal of Clinical Sleep Medicine。
- Northey ほか(2018)50歳超の成人における身体運動と認知機能のメタ分析。British Journal of Sports Medicine。
- Mrazek ほか(2013)マインドフルネス訓練とワーキングメモリに関するランダム化比較試験。Psychological Science。
- Melby-Lervåg・Redick・Hulme(2016)ワーキングメモリ訓練の遠隔転移に関するメタ分析。Perspectives on Psychological Science。
